FC2ブログ




泣こうが喚こうが死なない限り明日はやって来る。もう引き返せない、遠いあの日――そんな≪無頼派≫な劇場へようそこ。


プロフィール

ブライアン

  • Author:ブライアン
  • 年齢:33歳
    性別:男
    身長:171cm 体重:63kg
    住所:神戸市
    職業:製造・物流
    主義:捲土重来を期す。
    映画:「東映実録やくざ」
    漫画:「ゴルゴ13」
    音楽:「矢沢永吉」
    一言:お前は防弾チョッキでも着て、じ~っとしとれば良かたい。



最近の記事



最近のコメント



カテゴリー



最近のトラックバック



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



月別アーカイブ



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


時代と共に去りぬ・・・
先日、私の祖父(母方)が亡くなりました。 86歳でした。

ついこの前の10月中旬に、入院中だった祖父のもとを訪ねて、故郷である香川県・小豆島へ帰りました。その時は、まだ元気で話せることもできました。 「帰ってきてくれたのか、お前仕事は大丈夫なのか」 とこちらを気遣うことまでしてくれました。
普通に話せて、食も割と進んでいたので、自分も安心はしていたのですが、人間の命というものはいつどうなるか分からないものです。

私が「今、結婚を前提に付き合っている人がいる」というと、祖父は「わしはお前の結婚式に出られそうもないけど、幸せになってくれな」と笑顔で返してくれました。 
それが私にとって祖父の最後の言葉でした。

祖父は若い時分、山に魅せられ、北アルプスを中心に登山をしていました。実家に帰ると、祖父の撮った日本アルプスの山々の写真や、当時の山行記録を見るのが好きでした。その血筋なのか、私自身も21歳のときに登山に目覚め、高見を目指して各地の山を登りました。今も山は好きです。
また祖父は、時の「俳人・尾崎放哉」の独自研究もしており、自身も俳句を作って、ローカル誌に掲載するなどの執筆活動も重ねていました。その関係者の間では信頼も厚かったようです。尾崎放哉の終焉の血は小豆島であり、記念館もあります。祖父は放哉の繊細な生き様と若くして夭折した様に想いを馳せるものがあったのだと思います。
【関連リンク】⇒「尾崎放哉の生涯」
(※末尾に掲載されてある写真、車内に写る老人男性が私の祖父です)


祖父が亡くなり、「ひとつの時代」が終わりを告げました。
祖父が最後に私にかけてくれた言葉を成就させるためにも、頑張る次第です。
さようなら、俺のおじいちゃん。永遠に――。


最後に。亡くなる直前、祖父が病床で謳った俳句をいくつか紹介します。


いくら振り向いても 帰らないときめき

逢わねば悲し 逢えば愛(かな)し 草少しける

方舟に乗って 逝きたし天の川

土地に惚れ 女房に惚れて 星涼し



スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。